東京地方裁判所 昭和55年(ワ)2143号 判決
【主文】
一 被告は、原告に対し、金九一万八六六六円及びこれに対する昭和五二年二月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
【事実】
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金四〇九万円及びこれに対する昭和五二年二月一五日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 1につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二 当事者の主張
一 請求の原因
1 原告は、一級建築士として登録し、「長谷川建築事務所」という名称で事務所を開設し、建築の設計監理を業とするものであり、被告は一級建築士を擁する同業の株式会社である。
2 原告は、昭和五一年九月訴外浅野秀雄(和解成立前被告)の依頼により作業所兼共同住宅である浅野ビル新築工事の設計を行い、設計図(甲第一号証の設計図、以下「原告設計図」という。)を作成して、その著作権を取得した。
3 しかるに、被告は、昭和五一年一二月ころ浅野から、原告設計図を入手し、同月二四日同人との間で、浅野ビル新築工事の設計監理契約を締結したうえ、原告に無断で、原告設計図に依拠してこれと基本的構造、間取りなどが殆ど同一の設計図(甲第六号証の一ないし二二の「浅野ビル新築工事設計図」、以下「被告設計図」という。)を作成し、昭和五二年二月一四日建築確認申請手続を行つた際、これを使用し、同年三月一五日右確認を得て建設会社に被告設計図により工事発注をして、同年九月一七日ころ施工段階で住宅専用階段を削除したうえ被告設計図による鉄筋コンクリート造陸屋根四階建の浅野ビル(以下、「本件ビル」という。)を東京都江東区福住一丁目一番地に完成させた。
4(一) 被告設計図は、原告設計図を複製してその一部分に修正、加筆、削除等をしたものにすぎない。すなわち、原告設計図は、その基本的構造における特徴として、柱を四本の最少限度として南北の両道路側へ居住部分をはね出すという構造をとつているところ、被告設計図は、右の構造が全く同一であり、また、各階の間取りにおいても、著しい特徴を有する階段室の位置、構造寸法等につき、被告は、その一部、例えば一、二階へ通ずる裏階段などにわずかの修正を加えたのみで、ほぼ原告設計図をそのまま複製しているものである。
以下、甲第一号証及び甲第六号証の一ないし二二に基づき、原告設計図と被告設計図とを対比し、後者が前者の複製であるゆえんを詳述する。
(1) 被告設計図D―3図と原告設計図A―3図
被告設計図の案内図と配置図は、原告設計図の案内図及び配置図と同じ縮尺であるが、南北逆に記載された図と面積表が示されている。被告設計図の案内図においては、原告設計図A―3図(ロ)と比較し、道路の書き始め及び完了が全く同じ、隣家各詳細図も同じであり、地下鉄駅出口より建主宅までの順路が被告設計図の案内図には記載されている点で相違するにすぎず、その他は原告設計図の案内図を重ねて複写したものである。
被告設計図の平面図、立面図及び断面図がすべて一〇〇分の一の縮尺で図示されており、このような場合は配置図も一〇〇分の一で図示されるのが通例であるのに対し、被告設計図の配置図は、原告設計図のそれと同じ五〇分の一の縮尺で記載されている。また、同じ敷地に同じ形の建物が配置されたとしても、周囲の寸法が北側一七三ミリメートル、西側二三六・三ミリメートル、東側三〇〇ミリメートル、南側一七二・四ミリメートルとコンマ以下のミリメートル単位まで同一であることはトレースしなければありえないことである。
被告設計図の面積表に至つては原告設計図の面積表をトレースによって書き写さなければ原告独特の画き方である四隅の角の丸みなど表わすことができないはずである。
以上のように、被告設計図の案内図、配置図及び面積表は、いずれも、被告が原告設計図の該当部分をトレースにより作図したものである。
(2) 被告設計図D―4図と原告設計A―4、A―5図
A 基準芯表示マーク
被告設計図の基準芯表示マーク()の印は設計建物の基準通り芯を表わし、原告設計図では、の中に数字又はアルファベツトを記入する方法で基準芯を表示している。一般に設計事務所では、基準芯の決め方として、(ア)壁があるときは壁の中芯線を、(イ)壁が無く柱だけの場合は柱の中芯線を、(ウ)壁が無い場合に柱に壁が存するものと考えて柱の表面より壁厚の半分柱の中に入つた線を通り芯に選ぶ方法が主たる方法である。原告設計図のA―4、A―5の図面で、①、②の南北の通り芯と、、の東西の通り芯は、(ア)の方法で、、の東西の通り芯は、柱の表面を選ぶという通常は使用されない、(ア)、(イ)、(ウ)、以外の方法で設計が行われている。ところが、被告は原告の右の特殊な方法をすべて使用しており、この点からも、被告設計図は原告設計図を複製していることが明らかである。
なお、被告設計図中甲第六号証の一〇の図面のみが、前述の通り芯(ウ)の方法で図面を作成するという誤りを侵している。それは、原告設計図A―11図(ハ)の通り芯よりの寸法二七〇〇を、被告設計図ではY2よりY1の寸法二七六〇と六〇ミリメートル長く記入しているが、この六〇ミリメートルこそ壁厚一二〇ミリメートルの半分の値であり、仮相壁を考えてのことであつて、被告は右図面だけ次の理由で書き誤りを生じたのである。すなわち、被告は多くの部分でトレースにより図面を作成したが、一階南側住居内階段は変更が大きかつたために、所員に新規に図面を画かせたところ、柱表面が通り芯であることの指摘を徹底しなかつたため生じた結果であると推定される。
B 一階平面図
一階平面図において、原告設計図と被告設計図とが相違する部分は、南側階段とサッシの大きさ、湯沸所及び浴室の形態のみであり、間口の壁芯間四・五メートル奥行の一二・四メートル、そして柱面より南と北のはね出しの二・七メートルの寸法、内廊下の幅、作業所等の寸法は一致している。また、被告設計図には、前記湯沸所と浴室の壁、浴室と階段の間仕切壁が消されたあとが残つており、これは、被告が被告設計図を作成する際に、原告設計図を丸写しした後改変を施したためである。
C 二階平面図
二階平面図において、原告設計図と被告設計図とが相違する部分は、南側階段と押入部分、台所の流し台ガスレンジの位置、食堂の窓の設置であるが、被告設計図の子供室の斜入口、服入及び共用階段の寸法は、原告設計図のそれと同じである。特に住宅用内専用階段わきのガスボイラーに対しては原告設計時に台所への配管の長さに難点を感じつつ決定したものであれば、設計者が変れば当然給湯又は配置に変更があるはずである。
D 三階、四階平面図
三、四階平面図において、原告設計図と被告設計図とが相違する部分は、原告設計図の物置、洗濯所、浴室便所を浴室、洗面、便所兼用の一室にして浴室用バランス型ガスボイラーを設置したこと及び台所東側窓の位置の移動と和室西側窓の設置の取りやめであるが、被告設計図の階段室の廊下状部分と二段昇りの九〇度廻り階段そして五段昇りまた二段昇り九〇度廻り階段があり、最後に二段昇つて上階へ行く部分の踏面と階段幅、パイプスペース及びメーターボツクスは原告設計図のそれと完全に一致する。
原告設計図A―5図(イ)の浴室外壁は通り芯より一二センチメートル外にせり出しているところ、被告設計図にあつてはそのようなことがないが、被告設計図にも約一二センチメートル相当のはね出し壁を消したあとが見られるばかりでなく、原告設計図の壁掛給湯式バランス型ガスボイラーを消して変更したあとが残つているうえ、被告設計図の浴室兼便所の中央にも消し残した間仕切のあとがある。特にガスボイラーについて被告設計図の三、四階平面図(甲第六号証の二二)には訂正し忘れた壁掛式ガスボイラーが設置されている。このことは、被告が設計図の作成を急ぐあまり原告設計図をとりあえず写した後訂正変更したことを如実に示している。
(3) 被告設計図D―5図と原告設計図A―6図及び被告設計図D―6図と原告設計図A―6図
被告設計図の北側立面図の一、二階は玄関出入口、作業所出入口、クーラー取付、子供室連窓とすべて原告設計図そのままであり、三、四階台所の高窓だけが下げられた設計となるほか屋上手スリを立上りコンクリートとしているにすぎない。また、被告設計図の塔屋窓は南と北の位置を誤つて立面図に記載されており原告設計図のものが正しい。
被告設計図南側立面図一、二階の窓は内階段の変更により幅が小さくなつているが、三、四階は北側と同じ変更状態である。
被告設計図東側(正しくは西側)と西側(正しくは東側―は南及び北からの折り返し部分約九〇センチメートル仕上として図示されており、原告設計図と全く同様のデザインがとられている。特に原告設計図A―6図(イ)には、前記(2)で指摘した浴室のはね出しが明記されているが、被告設計図は一度原告設計図と同様のはね出しをもうけ、かつ壁掛給湯式バランス型ガスボイラーを設置記入した後、改めて現在の形としたのである。これは、北及び南の各立面図の横にもはね出しを消したあとが存することでも明白である。
(4) 被告設計図D―7図と原告設計図A―7図
被告設計図三、四階浴室便所部分が当初外部に約一二センチメートルはね出た形をしていたのを改めたあとが完全に消し去られなかつたため設計図に残つている。
(5) 被告設計図D―14図と原告設計図A―8図
被告設計図を原告設計図と比較すると、被告設計図の左に一、二階立面詳細図、右側に三、四階立面詳細図、中央左に一、二階そして中央右に三、四階矩計図が原告設計図そのままに作図されている。特にタイルの割付について、原告は大きい目地(立面図に記載)のほかタイルの横目地強調のデザインにしたのに、被告はそのままに写し画きしている。
(6) 被告設計図D―15図と原告設計図A―10図
被告設計図の建物の一階の階高が原告設計図より約一二センチメートル低いため一階の階段の一段目がない状態である。しかるに、被告設計図中の一階平面図(甲第六号証の三)の共用階段一段目は、被告設計図D―15図(甲第六号証の八)では存在しないものを記入しており、これは、原告設計図A―4図(イ)を複製したためである。
(7) 被告設計図D―16図と原告設計図A―11図
被告設計図の二、三及び四階は踏面の数も昇り方も階段幅もすべて原告設計図と一致している。わずかに塔屋の東西の幅が広くなつている点においてのみ相違している。
(8) 被告設計図D―17図と原告設計図A―11図
被告設計図の通り芯Y2の位置が誤つている。
(9) 被告設計図S―1図、S―2図と原告設計図C―1図
原告は、構造の設計に当たり杭心を南北通り芯より内に六五センチメートルずらして設計したことにより原告設計図C―1図(イ)の基礎梁兼用基礎の杭へりあきを三〇センチメートル以上に保つように八の字形の寸法を通り芯より一七五センチメートルと地中梁より八五センチメートルに決めたのである。
被告設計図では、通り芯とのずれが六九センチメートルであるため原告設計図をトレースした八の字形基礎と杭のへりあき三〇センチメートルが確保できず、後日役所にて訂正したものである。このように、被告設計図は、独自に構造設計を行つたにしては、あまりに原告設計図の引き写しによるミスが多い。特に原告が用いた八の字形基礎は通常では行われていないもので、普通であれば杭の径に六〇センチメートル加算した方形をとるのが一般的であり、被告までが八の字を使用したのはトレースによつて生じた結果である。
5 以上のように、被告は、原告の許諾を受けずに、原告設計図を複製して被告設計図を作成したものであり、また、右複製図を用いて建築確認申請を行い、その際原告設計図の著作者としての原告の氏名を表示せず、被告の名称を表示して原告の著作者人格権を侵害したものであつて、しかも、被告は、原告設計図について、原告が著作者であつて著作権を有することを知つていたものであるから、原告が右侵害行為(以下、「本件行為」という。)により受けた損害を賠償すべき義務がある。
6(一) ところで、原告は、社会法人東京建築士会に所属する一級建築士であり、被告は、原告設計図を殆ど全部にわたつて複製し、一部建築費減額のために修正を加えたものであるから、右損害額の算定に当たつては、昭和五四年七月一〇日付建設省告示第一二〇六号に基づき作成された「標準業務料率表」による設計報酬額をもつて原告の損害とするのが相当であり、これを原告設計図に基づく建築費四一五〇万円を基礎に算出すると、本件ビルのうち、一階の床面積二分の一(本件ビル全体の八分の一)は作業所として第一類に、その余の一階と二階全部(本件ビル全体の八分の三)は住宅に該当して第四類に、三、四階(本件ビル全体の二分の一)は共同住宅として第二類にそれぞれ類別されるところ、第一、第二、第四各類の工事費四〇〇〇万円に対する設計報酬の料率は、右料率表によれば、それぞれ八・三三パーセント、九・二一パーセント、一一・四九パーセントであり、これにより設計報酬額を算出すると、次のとおり四一三万一二〇〇円となる。
(二)また、原告は、一級建築士として登録し、「長谷川建築事務所」という名称で事務所を開設して、建築の設計監理の仕事をしている建築士であり、被告の本件行為(氏名表示権侵害行為)によつて、その業績を著しく傷つけられ、精神上の苦痛を受けたが、これを金銭で慰謝するとすれば五〇万円が相当である。
(三) 更に、原告は、被告が右損害賠償義務を任意に履行しないため、やむなく、弁護士岡田弘隆に委任して本件訴訟を提起しその費用として着手金、報酬とも各二四万五〇〇〇円を支払うことを約した。
(四) よつて、原告は、被告に対し、前記損害金四一三万一二〇〇円、慰謝料五〇万円及び弁護士費用四九万円(着手金、成功報酬及びその他費用を含む。)の合計五一二万一二〇〇円のうち、その一部請求として、四〇九万円及びこれに対する不法行為の後である昭和五二年二月一五日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求の原因に対する認否<省略>
第三 証拠<省略>
【理由】
一請求の原因1の事実及び原告が原告設計図を著作して、その著作権を取得したことは、当事者間に争いがない。
二被告が原告設計図を複製して被告設計図を作成したものであるか否かについて判断する。
1 <証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。
浅野秀雄は、昭和四七年ころ、東京都江東区福住一丁目二番三号に鉄筋コンクリート造り、四階建の作業場兼共同住宅を建設するため一級建築士訴外黒川長生にその設計図の作成を依頼したところ、同人は多忙なため浅野に原告を紹介し、その後は、原告が黒川に代つて本件ビル新築工事の計画について相談に乗ることとなり、種々打合わせの結果、昭和四七年一二月二三日には本件ビル新築工事計画案を作成し、昭和四八年一一月には、原告事務所の菅井宏により建築確認申請に添付するための図面を作成のうえ、原告事務所名義で建築確認申請をするまでに至つたが、そのころ発生したオイルショックによる建築費高騰のため、浅野は本件ビルの建築を一時中止することとした。
その後、昭和五一年に至り、浅野は、再度、本件ビル建設を考え、同月中旬ごろ、原告に電話で連絡をとり、九月三日には、原告に対して本件ビルの設計図の作成を依頼し、資金調達上鉄骨コンクリート三階、建築工事費約二五〇〇万円、その他の費用を含めて建築予算総額を三〇〇〇万円の限度にとどめるように依頼した。右依頼を受けて、原告は同月八日本件ビル新築工事計画案としての設計図を作成し、同月一三日右設計図を持参して浅野方を訪れ、更に協議のうえ、浅野に対し、鉄骨四階建ての建築を勧めた。原告は、同日浅野から右設計図のうち、一階に設計されている食堂を二階に移して設計し、一階に居間、浴室設置の要望があつたため、改めて同月一八日、浅野の右要望を取り入れた本件ビル新築工事設計図を作成したうえ、「浅野ビル新築工事計画案予算書」を作成し、建築工事費二五〇〇万円、設計監理料一五〇万円、祭費三〇万円、転居費一〇〇万円、不動産登記料二〇万円、雑費五〇万円、合計二八五〇万円と本件ビル建設にかかる総工事費概算を試算し、同月二〇日再度浅野方にて同人と打合せ、九月末日までに基本設計を終え、実施設計を一一月末日までに完成させ、その間に建築確認の申請をし、一二月末日までに見積り及び建築確認申請に必要な書類をすべて完成させて、翌年一月、本件ビル建築工事に関する設計監理契約締結後、工事に着手する旨の説明をした。九月二六日、原告は、浅野及びその妻弘子の三人で東京都中央区晴海の展示場及び材料見学会を見学し、その後、原告は、本件ビルの間取り、材料についての浅野の希望を考慮しながら、その感覚と技術を駆使して本件ビル建築についての設計図の作成を開始し、同年一一月中旬ごろ完成した。
原告は、同月一五日本件ビル建築の確認申請をし、同月一八日には、浅野方を訪れ原告設計図を持参して同人に説明したうえ、建築工事費三二〇〇万円程度を要する旨告げた。原告は、同年一一月二〇日ころ、浅野に原告設計図を一組を渡し、同月二四日、競争入札のため丸石工業株式会社、松井建設株式会社及び真柄建設株式会社に対し、現場説明のため各二組の原告設計図を渡し、ほかに、加賀建設株式会社も入札に参加させるため、原告設計図一組を浅野に渡し、同年一二月六日右四社の入札につき第一回目の開札を行つた。ところが、右第一回目の開札の結果は、工事費が丸石工業株式会社四一七八万五〇〇〇円、松井建設株式会社四二五〇万円、真柄建設株式会社三九四〇万円及び加賀建設株式会社四二三一万七〇〇〇円となつた。浅野は、建築予算総額約三〇〇〇万円を約一〇〇〇万円以上超過し資金の調達が不可能となつたため、同日黒川長生を介して、原告に対し、「工事費が高くて工事ができないので中止する。」旨伝え、前記設計監理契約を解除した。
原告は、同月八日前記丸石工業株式会社、松井建設株式会社及び真柄建設株式会社に交付した原告設計図六組を回収したが、浅野及び加賀建設株式会社に渡した原告設計図は返還を受けなかつた。その後、浅野は知人の訴外大薗某に建築設計士の紹介を依頼したところ、大薗から被告を紹介された。浅野は、被告に対し、本件ビル新築工事費の予算を三〇〇〇万円と見積つて原告に設計を依頼したところ、入札の結果は予期に反して平均四二〇〇万円になつたこと等これまでの経過を述べて原告設計図を渡し、工事費についての見積りの検討を依頼した。右依頼を受けた被告は、原告設計図に基づく前記四社から提出された見積書の積算について検討した結果、浅野が希望する工事費三〇〇〇万円の範囲内で建築することは到底不可能であり、また、減額できる内容のものでないと判断し、その結果について浅野に知らせた。同年一二月二二日、浅野は、被告に対し、間取りについては原告設計図のとおりにして建築工事費については三三〇〇万円の範囲内で本件ビルの建設ができるような設計を依頼し、被告は、それを検討することとし、同月二四日浅野との間に、設計監理業務報酬総額一七六万円とする本件ビル新築工事に関する設計監理契約を締結した。そして、被告は、被告の設計担当者山崎・松下・竹内らをして、浅野から渡された原告設計図を参照しながら、被告設計図を作成させたうえ、昭和五二年二月一四日浅野の代理人として、被告設計図を添付して建築確認申請手続をした。その際、被告設計図には作成者として「株式会社二天門建築設計事務所一級建築士滝田孝司」との表示がなされていた。本件ビルは、その後、丸石建設株式会社により三二〇〇万円の工事費で完成された。
2 次に、<証拠>に基づき、原告設計図と被告設計図とを対比すると、一階平面図では、内玄関、住宅専用階段、浴室及び湯沸所の形状が異なること、二階平面図では、前者には食堂に窓が設置されていないのに対し、後者では食堂に窓が設置されており、また、南側階段と押入部分、厨房の流し台ガスレンジの位置が相違すること、三、四階平面図では、前者では物置、洗濯所及び浴室・便所をそれぞれ別個に設置したのに対し、後者では物置、洗面所、便所兼用の一室にして浴室用バランス型ガスボイラーを設置したこと、厨房東側窓の位置が移動したこと及び前者では和室西側に窓が設置されているのに対し、後者では窓が設置されていないこと、立面図においては、後者の北側立面図の三、四階厨房の高窓は前者より下方に設置されていること及び後者では屋上手すりの大部分が立上りコンクリートとなつていること等の差異があるが、他方、被告設計図の案内図では、原告設計図A―3図(ロ)と道路の書き始め及び終わりの部分が同じであり、隣家各詳細図も同一であること、被告設計図の配置図の周囲の寸法が北側一七三ミリメートル、西側二三六・三ミリメートル、東側三〇〇ミリメートル、南側一七二・四ミリメートルとコンマ以下のミリメートル単位で同一であること、被告設計図D―4図の基準通り芯の位置は原告設計図A―4図、A―5図の①、②の南北の通り芯、、の東西の通り芯の位置が壁の中心線にあること、、の東西の通り芯の位置が柱の表面にある点でそれぞれ同じであること、一階平面図において、被告設計図の間口の壁芯間四・五メートル、奥行一二・四メートル、柱面より南と北のはね出しの二・七メートルの寸法、内廊下の幅、作業所等の寸法が原告設計図A―4、A―5図のそれと一致していること、二階平面図において、被告設計図の子供室の斜入口、服入れ及び共用階段の寸法が原告設計図のそれと同一であること、三、四階平面図において、被告設計図の階段室の廊下状部分と二段昇りの九〇度廻り階段、五段昇また二段昇り九〇度廻り階段があり、最後に二段昇つて上階へ行く部分の踏面と階段幅、パイプスペース及びメーターボックスは原告設計図のそれと一致していること、被告設計図D―5図及びD―6図の北側立面図の一、二階は玄関出入口、作業所出入口、クーラー取付、子供室連窓とすべて原告設計図と同一であること、被告設計図東側と西側は南及び北からの折り返し部分約九〇センチメートル仕上として図示されており、原告設計図と同様のデザインがとられていること、被告設計図D―14図の左に一、二階立面詳細図、右側に三、四階立面詳細図、中央左に一、二階そして中央右に三、四階矩計図がそれぞれ作図されており、原告設計図A―8図と同一であること、被告設計図D―16図の二、三及び四階の各階段は踏面の数も昇り方も階段幅も原告設計図A―11図と同一であること等、細部において多数の一致点があるほか、建物の基本的構造、間取り等に関しては両者は殆んど同一であり、全体的として両者は極めて類似していることが認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
3 右1、2の認定事実によれば、被告は被告設計図の作成に当たつて原告設計図を参照したことが明らかであり、しかも、被告設計図は、原告設計図と全く同一ではなく、一部差異はあるが、著作物の同一性を損うほどのものとは到底認められないから、被告は、被告設計図の作成に際し、原告設計図に依拠し、これを複製したものと認めるのが相当である。
次に、被告が右のように被告設計図を作成したうえ、昭和五二年二月一四日、被告設計図を添付して建築確認申請手続をし、その際被告設計図の作成者欄に原告の氏名表示をせず、被告会社一級建築士滝田孝司の表示したことは前記一1に認定したとおりである。
しかるに、被告が、原告設計図を複製、利用すること及び原告設計図の複製物である被告設計図の公衆への提示に際し、原告の氏名表示をしないことにつき、原告の承諾を得たことを肯認すべき証拠はない。
そうすると、被告が原告に無断で原告設計図を複製し、かつ、原告設計図の複製物たる被告設計図に原告の氏名表示をすることなく、かえつて被告ないし被告代表者がその著作者であるかの如き表示をしたことは、原告が原告設計図について有する著作権(複製権)及び著作者人格権(氏名表示権)を侵害したものといわざるを得ない。更に、既に判示したところからすれば、被告は、原告設計図について、原告が著作者であつて著作権を有することを知り、又は少なくとも社会通念上必要な注意を怠らなければ、これを知ることかできたのであるから、原告の右著作権及び著作者人格権の侵害について、故意又は過失があつたものと認定するのが相当である。したがつて、被告は、右侵害行為により原告が受けた損害を賠償すべき義務がある。
三1 そこで、原告が右著作権の侵害により受けた損害について検討するに、原告は、右侵害行為によつて原告設計図の著作権の行使につき通常受けるべき金銭の額に相当する額の損害を被つたというべきところ、本件ビル建築にかかる浅野・被告間の設計監理業務報酬総額が一七六万円であることは先に認定したとおりであり、<証拠>を総合すれば、一般に設計料と監理業務報酬との割合は二対一であることが認められるから、被告設計図の設計料は右一七六万円の三分の二に相当する一一七万三三三三円となる。また、前記二2の認定事実、<証拠>によれば、被告は被告設計図の八〇パーセントを原告設計図に依拠して作成したものと認められる。そして、他に特段の的確な立証のない本件においては、右設計料相当額一一七万三三三三円に一〇〇分の八〇を乗じて得た九三万八六六六円をもつて、前記著作権侵害行為によつて原告の被つた損害と認めるのが相当である。
ところで、原告が昭和五八年六月八日、本訴における共同被告であつた浅野から、訴訟上の和解に基づき、和解金として三〇万円の支払を受けたことは、記録上明らかである。したがつて、前記損害は右三〇万円の限度で填補されたと認めるべきである。
なお、<証拠>によれば、原告は昭和五一年一一月二九日浅野から、設計監理報酬の一部として三〇万円を受領していることが認められる。そして、被告は、右三〇万円をも前記損害の額から控除すべきである旨主張するが、右三〇万円授受の趣旨及び時期に照らして考えると、右控除を相当とすべき合理的理由は見出し難いというべきである。
2 次に、原告が前記著作者人格権の侵害について受けた損害について検討するに、<証拠>を総合すれば、原告は、一級建築士として登録し、「長谷川建築事務所」を開設し、業として建築の設計監理をしてきた建築士であり、昭和四七年一二月ころより浅野から本件ビル建設について依頼を受け、浅野の希望を容れながら苦心のすえ、昭和五一年一二月一八日原告設計図を完成したことが認められ、他に右認定を覆すに足る証拠はない。右認定事実、前記侵害行為の態様、その他諸般の事情を合わせ考えると、前記侵害行為によつて原告が受けた名誉、信用上の損害に対する慰謝料としては二〇万円が相当である。
3 また、本件訴訟の難易の程度、認容額その他本件訴訟追行上の事情を考慮すれば、被告の本件行為と相当因果関係のある損害として認めるべき弁護士費用は八万円とするのが相当である。
四よつて、原告の被害に対する本訴請求は、前記損害金の合計金九一万八六六六円及びこれに対する本件不法行為の日の後である昭和五二年九月一八日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分に限り理由があるから、これを認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条、九二条の規定を、仮執行宣言につき同法第一九六条の規定をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(野崎悦宏 安倉孝弘 一宮和夫)